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エアロ・ディテール21
メッサーシュミットBf110
著者 野原茂 ほか ページ数 76(画像点数−点)
訳・編者 田中 理人 サイズ B4変型(20.6×25.5cm)
ISBN 4-499-22680-5 初版年 1998
本体価格 2,600円 商品コード 226805
世界に現存する名機の実物を取材した多数のカラーディテール写真を中心にイラスト、図面を収録したモデラー向けの写真資料集。今回は「メッサーシュミットBf110」をご紹介。それまで戦闘機といえば単発機という概念があった1930年代はじめ、全金属製構造の普及、エンジンのパワーアップなど、高空技術の進歩が目覚ましくなったのを受け、各国空(海)軍のあいだには爆撃機に随伴して長距離侵攻し、敵単発戦闘機をその速度、重武装で圧倒、要求に応じ対地爆撃や偵察任務などもこなせるという万能機のような双発多座戦闘機を望む風潮が広まった。1941年に入って本格化した英空軍爆撃軍団によるドイツ本土夜間爆撃にすぐに対抗できる夜間戦闘機―双発戦闘機ではないと不可能―はBf110をおいてほかにはなかったのである。現在の冷静な眼でみれば未曾有の大戦争だった第二次世界大戦は、水準以上の性能をもつ双発戦闘機であればいくらでも効果的に働ける場はあったのだと結論できる。ただ、そうは言っても開発当初の狙いと異なる任務に適応できるだけの基本設計の良さは不可欠だった。その意味で、駆逐機で挫折はしたものの、夜間戦闘機、そのほか各種任務に転用できたBf110は十分な成功作と評価すべき機体だろう。総数6,150という生産数がそれを雄弁に語っている。
<紹介機体>
バトル・オブ・ブリテン博物館―Bf110G-4/R6/B2/M2 W.Nr730301 Code"D5+RL"
エアロディテール22
グラマンF4Fワイルドキャット
著者 野原茂 ほか ページ数 84(画像点数−点)
訳・編者 田中理人/佐藤理 サイズ B4変型(20.6×25.5cm)
ISBN 4-499-22692-9 初版年 1998
本体価格 2,900円 商品コード 226929
世界に現存する名機の実物を取材した多数のカラーディテール写真を中心にイラスト、図面を収録したモデラー向けの写真資料集。太平洋戦争が勃発し、向かうところ敵なしの快進撃を続ける日本海軍機動部隊と艦載機群、とりわけその先頭に立って獅子奮迅の活躍をみせる零式艦上戦闘機は、アメリカをはじめとする連合国軍機にとって恐るべき存在だった。とにかくその神秘的とも言える軽快な運動性能は連合国側戦闘機の常識を越えるものだったから実際以上にパイロットたちに恐怖感を与えた。この零戦の猛威の矢面に立った米海軍海兵隊の主力戦闘機は、ブリュスターF2A"バッファロー"とようやく配備が本格化したばかりのF4F"ワイルドキャット"であった。F4Fは零戦を含めた日本機を相手に南太平洋各地を転戦してよく戦い、1943年後半に後続機F6Fヘルキャットが発足すると護衛空母の主力機となって支援任務にまわり、対日戦勝利の日まで現役にとどまった。F6Fもそうであるがグラマン戦闘機は偉大なる凡庸の権化であったのだ。
<紹介機体>
ミシガン湖からの回収機―F4F-3 Bu.No.12260,12296,12297,12320,3872,4039,3969
カラマズー航空史博物館―FM-2 Bu.No.86581
エアロ・ディテール23
デ・ハヴィランド・モスキート
著者 カルミネ・ディ・ナポリ
ラファエレ・マンチーニ
ページ数 140(画像点数−点)
訳・著者 田中理人/佐藤理 サイズ B4変型(20.6×25.5cm)
ISBN 4-499-22695-3 初版年 1999
本体価格 3,800円 商品コード 226953
世界に現存する名機の実物を取材した多数のカラーディテール写真を中心にイラスト、画面を収録したモデラー向けの写真資料集。第二次大戦で活躍したイギリス機の中でも"木製の驚異"と呼ばれたD.H.98モスキートは、もっとも興味深い軍用機のひとつと言えるだろう。モスキートの起源はデ・ハヴィランド社が独自に開発を開始した高速爆撃機にはじまる。モスキートはヨーロッパにとどまらず中東、そして極東でも活躍し、その実力を発揮した。特にSEAC(東南アジア航空軍団)に1944年3月から配備されたモスキートF.B.Mk/VIは日本軍を相手に各種の侵攻作戦にあたっている。空戦の機会は少なかったが、1945年1月15日にはモスキートF.B.Mk/VI3機がメイクティラ上空で隼4機と交戦し、うち1機HR402が撃墜された。なおこの撃墜に際し、日本はただちにモスキート調査団を現地へ派遣している。戦時下の約4年間に日産2機のペースで完成させていたデ・ハヴィランド社。これはモスキートが木製機だからこそ成しえた偉業であろう。(解説より)
<紹介機体>
モスキート・エアクラフト・ミュージアム―D.H.98 Mosquito Prototype s/n E0234/W4050
モスキート・エアクラフト・ミュージアム―D.H.98Mosquito F.B.Mk.VI Series II s/n TA122
ベルギー王立軍事博物館―D.H.98 Mosquito N.F.Mk.30 s/n RK952/MB-24
モスキート・エアクラフト・ミュージアム―D.H.98 Mosquito B.Mk.35 s/n TA634
イギリス空軍博物館―D.H.98 Mosquito B.Mk.35 s/n TJ138
アメリカ空軍博物館―D.H.98 Mosquito B.Mk.35 s/n RS709
エアロ・ディテール24
中島四式戦闘機「疾風」
著者   ページ数 76(画像点数−点)
訳・著者 サイズ B4変型(20.6×25.5cm)
ISBN 978-4-499-22684-4 初版年 1993
本体価格 2,900円 商品コード 226844
世界に現存する名機の実物を取材した多数のカラーディテール写真を中心にイラスト、図面を収録したモデラー向けの写真資料集。人の人生に運、不運があるように軍用機の生涯もまた、それ自体のもつ能力だけではどうにもならない他の諸々のファクターによって明暗を分けることがままある。とりわけ、第二次世界大戦のごとき歴史上未曾有の激戦下に身を曝された機体は個々の性能の優劣はともかく、出現のタイミング、運用上の適否などがその実績に大きく影響した。四式戦を最初に装備する部隊となった22戦隊はベテラン整備員を擁して高い稼働率を保ち、パイロットも粒揃いだったから中国大陸を転戦した1ヶ月間にP-51マスタングを含めた在中国米陸軍航空隊、中国空軍を相手に奮戦してかなりの戦果をあげた。また万全の整備態勢をしいて常に100%近い稼働率を維持した希な部隊である47戦隊は昭和20年に入ってからの本土某空戦でときとして目覚ましい戦果をあげている。戦後、米陸軍航空隊のテストで140オクタンの良質の燃料を使い、689km/hの高速を出し、"第二次大戦における日本戦闘機のベスト・ワン"と評価されたことが本機の開発に関わった人たちへのせめてもの救いかも知れない。(解説より)
エアロ・ディテール25
ヴォートF4Uコルセア
著者 牧秀雄 ほか ページ数 96(画像点数−点)
訳・編者 田中理人/佐藤理 サイズ B4変型(20.6×25.5cm)
ISBN 4-499-22699-6 初版年 1999
本体価格 2,900円 商品コード 226996
世界に現存する名機の実物を取材した多数のカラーディテール写真を中心にイラスト、図面を収録したモデラー向けの写真資料集。"長っ鼻"と"逆ガル翼"の得意な姿で知られるF4Uコルセアはまさに海兵隊の申し子ともいうべき存在であった。ヴォート技術陣の開発したV-166Bは1938年6月11日にグラマン、ベル両社を破りXF4U-1として試作発注を受ける。当時まだ開発中であった1,800hp級の革命的空冷エンジン、プラット&ホイットニーXR2800を装備する高速戦闘機F4UはF2A、F4Fの性能不足に悩む海軍の取って置きの切り札として40年5月29日に初飛行、10月には644km/hを突破するなど期待通り「陸軍機を上回る性能を持つ空冷艦上戦闘機」の能力を発揮し海軍を喜ばせた。停戦時、海軍の空母飛行隊だけでもまだ15個がF4Uを装備していたが、さすがに以後は随時退役が進められ、1955年末には正規部隊から、57年6月には予備役からも姿を消した。戦闘機として見るならば、コルセアはいわゆる超一流の名機ではなかった。だが陸軍のP-47と同じく、それまでの攻撃機に取って代わる「戦闘爆撃機」という新しいジャンルを築き上げた実績はその特異な姿と共に人々の記憶に残ることだろう。(解説より)
<紹介機体>
個人蔵―F4U-5N BuNo124486
カラマズー航空史博物館―FG-1D BuNo92509
ニュージーランド・ファイター・パイロット・ミュージアム―F4U-1 BuNo17995
オールド・フライング・マシーン・カンパニー―FG-1D BuNo92844
EAAエア・ヴェンチャー・ミュージアム―"CORSAIR DAY" 1944 EAA Oshkosh Fly-In
エアロ・ディテール26
川西局地戦闘機「紫電改」
著者 野原茂 ページ数 72(画像点数−点)
訳・編者 スコット・ハーズ ほか サイズ B4変型(20.6×25.5cm)
ISBN 4-499-22711-9 初版年 2000
本体価格 2,500円 商品コード 227119
世界に現存する名機の実物を取材した多数のカラーディテール写真を中心にイラスト、図面を収録したモデラー向けの写真資料集。 今回は日本機「日本海軍最後の量産戦闘機 川西"紫電改"」をご紹介いたします。1960年代の映画「大平洋の翼」、漫画「紫電改のタカ」で人気を博し、大戦中の日本機としては零戦に次ぐ知名度を得た本機は高空雑誌等でも名機、傑作機と褒めそやされいつのまにかそういう評価が定着してしまい今日に至っている。紫電改が実戦デビューした昭和20年(1945年)3月といえば、欧州では最高速度700〜750km/hのレシプロ機が飛び交い、ドイツではそれをも圧する870km/hのジェット戦闘機Me262が戦闘に本格加入しもう一種のHe162も実戦配備に就きつつあった。このような情勢下、600km/hにも満たない速度性能の紫電改はなんとも頼りない存在に映ってしまうが、これが当時の日本航空技術の限界レベルだった。川西スタッフの技術力云々という以前の問題である。そうした観点で見れば紫電改は陸上機の経験に乏しい川西の作品として"努力賞"に値する作品だった。なお、紫電改という名称はあくまで通称であり海軍の制式兵器採用名称は『紫電』のまま二一型以降の生産型式が付与された。(解説より)
<紹介機体>
チャンプリン戦闘機博物館―川西N1K2-Ja紫電二一甲型 S/N 5341
国立海軍航空博物館―川西N1K2-Ja紫電二一甲型 S/N 5128
アメリカ空軍博物館―川西N1K2-Ja紫電二一甲型 S/N5312
南レク御荘公園紫電改展示館―川西N1K2-Ja紫電二一甲型 S/N不明
エアロ・ディテール27
マーリン・スピットファイアMk.VI〜XVI
著者 山田智夫/大里元 ページ数 83(画像点数−点)
訳・編者 スコット・ハーズ/佐藤理 サイズ B4変型(20.6×25.5cm)
ISBN 4-499-22709-7 初版年 2000
本体価格 2,900円 商品コード 227097
世界に現存する名機の実物を取材した多数のカラーディテール写真を中心にイラスト、図面を収録したモデラー向けの写真資料集。今回は英国機「マーリンスピットファイア」のご紹介。「英国を救った戦闘機」「第二次大戦中、最も美しい戦闘機」あるいは「最も多くの国々の言語が交わされた戦闘機」とスピットファイアに対する賛辞は数限りない。今日なお、英国内で開催される航空ショーでは、必ずと言ってよいほど、飛行可能なスピットファイアが登場し、軽やかな爆音とその流麗な姿を披露する。スピットファイアの歴史を振り返ってみると、本来一時凌ぎで登場したはずだった機体が本命視されていた機体にかわって主力の座に収まるという自体は二三にとどまらない。しかもその間に大幅な改修など施さず、ただただ新型エンジンの換装だけで性能の向上を実現させ、それだけで大戦終結に至るまで一流の高性能を維持し続けたという事実はまさしく感嘆に値する。(解説より)
<紹介機体>
ザ・ファイター・コレクション―Spitfire LF.Mk IXe ML417
ザ・リアル・エアロプレーン・カンパニー―Spitfire PR.Mk XI PL965

エアロ・ディテール28
ロッキードP-38ライトニング

著者 野原茂/佐藤理 ページ数 72(画像点数−点)
訳・編者 スコット・ハーズ/佐藤理 サイズ B4変型(20.6×25.5cm)
ISBN 4-499-22727-5 初版年

2000

本体価格 2,600円 商品コード 227275
世界に現存する名機の実物を取材した多数のカラーディテール写真を中心に、イラスト、図面を収録したモデラー向けの写真資料集。"双発双胴"という他に類を見ない特異な形態のせいもあってP-38は第二次世界大戦アメリカ戦闘機のなかでは、以外に人気度が高い機体である。そもそもP-38誕生の背景にはアメリカ陸軍航空隊の画期的な四発爆撃機ボーイングB-17の存在が大きく関係していたと言ったら意外と思うかも知れない。B-17はかつてどのっくに藻実現したことのない排気タービン過給器装備の高々度長距離爆撃機だった。ドイツ、日本を相手に戦うことになった第二次大戦はアメリカ軍に正面から大挙して爆撃機が来襲してくるような場面はなく、P-38が異図した戦闘シーンは実現しなかった。とはいえ、状況の変化に対応できる能力がなければP-38は見捨てられてしまっただろうし、軍の期待に応え各型合計10,000機という双発戦闘機としては他国では到底真似できない膨大な生産数を記録し、大戦終結までその存在価値を失わなかったのは、やはり設計の優秀さを示すなによりの証明であろう。P-38はアメリカ陸軍航空隊にとってP-47やP-51とともに不可欠な存在だったのである、 (解説より)
<紹介機体>
アメリカ空軍博物館―P-38L s/n 44-53232
EAA自作航空機協会博物館―P-38L s/n 44-53087
エアロ・ディテール29
中島一式戦闘機「隼」
著者 野原茂/望月隆一 ページ数 71(画像点数−点)
訳・編者 スコット・ハーズ/佐藤理 サイズ B4変型(20.6×25.5cm)
ISBN 4-499-22735-6 初版年 2000
本体価格 2,600円 商品コード 227356
世界に現存する名機の実物を取材した多数のカラーディテール写真を中心にイラスト、図面を収録したモデラー向けの写真資料集。今回は日本機「中島 一式戦闘機『隼』キ43」をご紹介。大平洋戦争中、海軍の零式艦上戦闘機と同じように陸軍戦闘機隊の主力として君臨したのが、一式戦闘機(キ43)であった。昭和17年という早い時期に一般国民向けに「隼(はやぶさ)」として公表され、さらには昭和19年に封切られた戦意高揚のための国策映画「加藤隼戦闘隊」の主役としてスクリーン上を乱舞したせいもあり、国民にとっては最も親しみのある戦闘機だった。一式戦はその開発の経緯からして当初から、低速、弱武装が指摘され零戦のような華々しいエピソードには恵まれなかった。しかし、陸軍には本機意外に侵攻作戦に参加し、連合軍機とまともに戦える戦闘機はなかったから、必然的に主力機として大量生産が促進された。昭和18年(1943年)以降、三式戦(キ61)、四式戦(キ84)が相次いで後継機となるべく就役したものの、それぞれに深刻な問題を抱えて、真の主力機とはなり得ず、結局敗戦の日まで一式戦は生産され続け戦い続けなければならなかった。総数、約5,800余機という陸軍機史上第一位の生産数はそれなりに立派な記録ではあるが、裏を返せばそれはそのまま陸軍航空の苦闘の証である。(解説より)
<紹介機体>
アルパイン・ファイター・コレクション―中島一式戦闘機隼一型[キ43-II]750 Nakajima Ki43-I S/N750
EAA自作航空機協会博物館―中島一式戦闘機隼二型[キ43II]不明 Nakajima Ki-43-II Hayabusa[Oscar]

エアロ・ディテール30
グリフォン・スピットファイア

著者 野原茂/岡崎宣彦 ページ数 71(画像点数−点)
訳・編者 スコット・ハーズ/佐藤理 サイズ B4変型(20.6×25.5cm)
ISBN 4-499-22741-0 初版年 2001
本体価格 2,700円 商品コード 227410
実機取材による多数のディティール写真を中心に、イラスト、図面を周力下モデラー向けの写真資料集。今回は「スーパーマリン"グリフォン・スピットファイア"」をご紹介。1930年代後半〜第二次世界大戦終結までの約10年間は、軍用機の設計技術、性能が飛躍的な向上を遂げたまさにレシプロ機の黄金時代と称してよい時期であった。とりわけ戦闘機のそれは他機種よりスピーディーで新型機が優位を保てるのは平時で3〜4年で、戦時では2年程度という厳しい時代でもあった。英空軍が待ち望んだ、グリフォン・スピットファイアの本命、すなわち機体設計を全面的に改めたタイプ356 Mk.21が就役したのはドイツ降伏約3か月前の1945年1月末のことで、実戦でその真価を示す機会がないまま終戦を迎えた。最後のグリフォン・スピットファイアMk.24が香港駐留の第80飛行隊から退役したのは第二次世界大戦終結から9年後の1954年のことで、 Mk.Iの就役からは実に15年が経過していた。実戦での華々しい活躍には恵まれなかったが、事実からグリフォン・スピットファイアは名機と称えられたスピットファイアの最後を飾るには相応しい機体であったことは間違いない。(解説より)
<紹介機体>
インペリアル戦争博物館―Spitfire Mk.24 VN485
イギリス空軍博物館―Spitfire Mk.24 PK724
ザ・ファイター・コレクション―Spitfire Mk.XIVe NV293
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